東大阪市と八尾市に点在する河内七墓には興味深い石造遺物が多数現存しています。日下墓地の南西一帯は石凝寺跡として知られ、昭和36年の発掘調査では古瓦片の発見、堂宇の基壇が存在していたことが判明したと云います。
日下墓地入口 |
このような事情から、日下墓地は行基の河内七墓の一つに加えられているとのこと。真偽のほどは別にして、墓地入り口に立つ地蔵菩薩立像にすっかり魅入られてしまいました。
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合掌船型地蔵菩薩立像(享保十九年)
船型地蔵菩薩立像 |
仏身だけでも2m近い体格、基礎台と光背部を合わせると3m近くなり迫力満点です。しかし、お相撲さんの化粧まわしのような涎かけは、お世辞にもお似合いとはいい難い。
船型地蔵菩薩立像 |
早速、お脱ぎいただきました。こういう作業は堂々と行うのが吉、こそこそやるもんじゃありませんよ。しかし、元に戻すのが大変です。
正面から |
向かって右には享保十九年(1719)、江戸中期の銘が刻されています。完成度の高い素晴らしい造作ですね。左には「願主日下村」と刻まれており、この地の繁栄ぶりを示すものと言えるでしょう。
ちょっと斜めから |
光背部から今にも飛び出しそうな半肉というより丸彫りに近く、頭上に陰刻された梵字の「カ」(地蔵菩薩を意味する)が印象的です。
石がんの二尊仏 |
流麗な地蔵菩薩立像にしばし心奪われていて、周囲をよく観察する余裕がありませんでした。足元にある石がんをのぞき込んでみると背丈の違う尊像が薄肉された方形石が祀られています。上部の突起から石棺の内壁などに使われていたものだと思いますが、右は観音さんでしょうか。ここは時間をかけてじっくり見学すると、まだまだ興味深い仏さまと出会えそうな気がしました。
参考資料
いこまかんなび Website
「行基の石凝院と石凝寺跡」
http://ikomakannabi.g1.xrea.com/ishikori.html
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