龍護山宝幢寺の石造遺物(生駒市小平尾町)

宝幢寺

龍護山宝幢寺は奈良時代の僧行基が開基したと伝えられ、重要文化財に指定されている本堂(入母屋造り、桁行5間、梁間5間)は、室町時代の建築とされています。

宝幢寺
宝篋印塔(鎌倉期)


ここでの必見は鎌倉期の様式を今に伝える「宝篋印塔」です。残念ながら相輪部は失われていますが、隅飾りが直立する古式ゆかしい供養塔です。

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多くを語らない十三重石塔



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山門を抜けた右手で、樹木に隠れて立つ立派な十三重石塔が気になる存在です。資料に紹介されていないのが不思議。おそらく前出の宝篋印塔と同時期の造立と想像しています。

宝幢寺
十三重石塔


この一角には、「十三重石塔」以外にも貴重な石造遺品が集められています。その中の一つが「弘治・名号板碑」でしょう。山型の頭部に三尊(観音、阿弥陀、勢至)の種子を円型に浮彫し、まるで掛け軸を思わせるように、薄く掘り窪めた中に名号を陰刻してあります。弘治二年とは、16世紀半ばの元号で、激動の時代を生き抜いた人々の思いが伝わります。

宝幢寺
弘治・名号板碑


視点を再び、重要文化財の本堂に移しましょう。本堂前にはかつて「向拝」を支えていたとされる支柱の礎石が二基残されています。

宝幢寺
向拝の礎石


反花の文様から鎌倉期のモノと推測されています。参拝の際は、足元にもよく注意なさってください。「向拝」とは、本堂の階段部にせり出すように設けられた屋根(庇)のことを指して言います。

宝幢寺
石船(湯船)


向拝の横に置かれた長方形の「水槽」は、何気なく置かれているようで、これもまた貴重な石造遺品です。まさに「貯水槽」として使われていますが、かつてはどのような用途で製作されたのでしょうか。生駒山系では、長弓寺(生駒市上町)に二基、住吉神社(四條畷市上田原)に一基の存在が確認されています。

資料によると、「盛大なりし頃の湯船」と推論されています。重要文化財の本堂横で入るお風呂はどんな気分だったのでしょう。とても贅沢な時間だったように思えます。


  • 訪問日[2016.05.14, 2017.05.30]

  • 参考文献
    生駒市 石造文化財「生駒谷」(昭和五十二年)

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